心不全マーカーとは?主要な検査項目と基準値を詳しく解説

医学的な診断名として、しばしば“不全”という文字を目にします。心不全、腎不全、呼吸不全、肝不全など、あらゆる臓器に不全と呼ばれる状態が発生しますが、ではこの“不全”とはどのような意味なのでしょうか? 不全とは、臓器の著しい機能低下あるいは機能の停止を意味し、何らかのサポートが無い場合、死に陥る状態を指します。
心不全とは、心臓のポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送り出せなくなった状態を指し、放置すれば死の危険に曝されます。原因は高血圧、心筋梗塞、心臓弁膜症、心筋症など多岐にわたります1)。日本循環器学会の報告によれば、国内の心不全患者数は2020年時点で約120万人に達し、超高齢化に伴い今後も増加が予測され、2030年には130万人を超えるとの推計もあります。「心不全パンデミック」と呼ばれ、社会的に解決すべき課題と考えられています2)。
初期には軽い息切れや疲れやすさ程度の症状しか現れないことも多く、「年齢のせい」と見過ごされがちです。しかし放置すると徐々に進行し、日常生活に大きな支障をきたすようになります。だからこそ、自覚症状が少ない段階で血液検査による心不全マーカーのチェックが重要なのです。
本記事では、心不全マーカーとは何か、どのような種類があるのか、基準値や検査方法について解説します。健診結果を正しく理解し、あなたの心臓の健康を守るための第一歩にしていただければ幸いです。
心不全マーカーの役割とは、心臓の負担を数値化する検査
心不全マーカーの役割とは、心臓の負担を数値化する検査 心不全とはどんな状態か
厚生労働省の人口動態統計では、心不全による死亡者数は年間約8万人であり、がん、肺炎に次ぐ主要な死因の1つです3)。また心不全は一度発症すると継続治療が必要で、再入院率も高く、5年生存率は約50%と予後が厳しい疾患でもあります1)。これらのデータからも、早期発見と予防の重要性が示されます。
初期の心不全は症状が軽いため見過ごされがちです。しかし放置すると徐々に進行し、日常生活に大きな支障をきたすようになります。自覚症状が少ない段階では、血液検査による心不全マーカーのチェックが重要になってきます。
健診結果の項目が気になる?
「健康診断の結果を見たけれど、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)やNT-proBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント)などの項目があって何だろう?と気になる…」そんな経験はありませんか。それらは心不全マーカーといわれ、心臓がどのくらい負担を抱えているかを数値で教えてくれる、とても重要な検査なのです。
心不全は超高齢社会が深刻化する日本において、患者数の増加が問題視される疾患です。早期に発見できれば、生活習慣の改善や適切な治療によって進行を止めたり、遅らせることが可能です。しかし自覚症状が出にくい初期段階では、血液検査による心不全マーカーの測定が有効な発見手段となります。
早期発見におけるマーカーの重要性
心不全マーカーは、心臓に負担がかかった際に血液中に放出される物質を測定する検査値です。心臓は全身に血液を送り出すポンプの役割を担っていますが、何らかの理由で機能が低下すると心臓の壁が引き伸ばされ、特定のホルモンや酵素が血液中に分泌されます。心不全マーカーの役割は、症状が現れる前の段階で心臓の異常をとらえることにあります。
血液検査によって、心不全の有無や重症度を客観的に評価できるため、早期発見や治療効果の判定に役立ちます。特に症状が軽微な段階や、息切れ・むくみといった症状が他の病気と区別しにくい場合に、心不全マーカーは大きな役割を果たすのです。
心臓の壁に過剰な負荷がかかると、利尿によって血液中の水の量を減らして負担を軽くしようと、心筋細胞からproBNPという物質が合成されます。それが分泌時に蛋白分解酵素によって切断され、生理的な機能(活性)を持つBNPと生理活性を持たないNT-proBNPに分離されます。このBNPの存在は1988年に日本人によって発見され、BNPは1996年に、またNT-proBNPは2007年に臨床診断として計測が開始され、現在、心不全、心筋梗塞、心肥大の診断や治療経過の指標、さらには心不全の予後判定のために広く世界中で利用されています。
―監修医師コメント
主要な心不全マーカーの種類と特徴
心不全マーカーとして代表的なBNPとNT-proBNPにはそれぞれ特徴があり、個々が果たす役割を理解することで、検査結果をより深く読み解けます。以下その解説をします。
BNPとNT-proBNPの違いと役割比較
BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)
BNPは心臓の心室(ポンプ役)に負担がかかると分泌されるホルモンで、心不全の程度を反映します。BNPの役割は心不全の早期発見だけでなく、重症度評価や治療薬の効果判定にも用いられます。
基準値と判定
- 18.4 pg/mL未満:正常範囲
- 18.4〜40 pg/mL:軽度上昇(経過観察)
- 40〜100 pg/mL:中等度上昇(精密検査推奨)
- 100 pg/mL以上:高度上昇(心不全の可能性が高い)
BNPは測定時間が短くて済み、多くの医療機関で実施可能なため、心不全のスクリーニング検査として最もポピュラーです。ただし年齢や性別、腎機能などによって基準範囲に変動が生じる点に注意が必要です。
NT-proBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント)
NT-proBNPはBNPが前駆体だった時の機能を持たない側の成分です。BNPよりも血中での安定性が高く半減期も長いため、直近に留まらない評価が可能とされています。NT-proBNPの利点としては、BNPより中長期的な心臓の負担状態を推測できる点が挙げられます。
基準値と判定
- 125 pg/mL未満(75歳未満):正常範囲
- 125〜400 pg/mL:軽度〜中等度上昇
- 400 pg/mL以上:心不全の可能性が高い
NT-proBNPは欧米を中心に広く使用されており、日本でも採用する施設が増えています。BNPとNT-proBNPは相互に換算することもできますが、経過観察の際はどちらか片方に絞って同じマーカーで追跡することが推奨されます。
その他の心不全マーカー
トロポニン
心筋細胞が傷害された際に血中に放出される蛋白質成分です。急性心筋梗塞の診断に特に有用で、心不全の原因が虚血性心疾患かどうかを判別する手がかりになります。
CK-MB(クレアチンキナーゼMB)
心筋に多く含まれる酵素で、心筋梗塞や心筋炎の診断に用いられます。心不全マーカーというより心筋障害のマーカーですが、心不全の原因とくに虚血性心疾患を特定する際に測定されます。
心不全マーカーとは?検査方法と検査の受診方法について
心不全マーカーの役割を最大限に活かすには、適切なタイミングで計測されることが重要です。
検査方法と検査の流れ
心不全マーカーの検査方法は、一般的な血液検査で行われます。空腹時である必要はなく、いつでも検査可能です。施設によって異なりますが、BNPであれば当日中、NT-proBNPでも数日以内に結果が判明します。
心不全マーカーは、どんな人が検査を受けるべき?
以下に該当する方は、心不全マーカーの検査を検討することをおすすめします。
- 高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病がある
- 心筋梗塞や狭心症の既往がある
- 息切れ、動悸、むくみなどの症状がある
- 家族に心疾患の方がいる
- 50歳以上で定期的な健康チェックを希望する
特に生活習慣病は心不全の大きなリスク要因です。日本生活習慣病予防協会によると、高血圧患者では動脈硬化が進み心不全を発症するリスクが高くなるとされています4)。定期的に心不全マーカーの値を検査し、心臓の状態を把握しておくことは予防や受診時期を考える上で有益です。
心不全マーカーの検査費用と保険適用
心不全マーカーの検査費用は、医師が必要と判断した場合には保険適用となります。自己負担費用は3割負担の場合、BNPで600〜800円程度、NT-proBNPで1,000〜1,500円程度です。
人間ドックなどの任意検診でオプションとして受ける場合の費用は全額自己負担となり、施設によって異なりますが3,000〜5,000円程度が一般的です。
心不全マーカーとは?検査結果の見方と判定のポイント
基準値を超えたらどうする?
心不全マーカーの検査結果が基準値を超えていたからといって、必ずしも心不全と診断されない場合もあります。高齢、女性、腎機能低下、肥満などの要因でも数値は上昇します。
軽度の上昇であれば経過観察となることが多く、生活習慣の改善(減塩、適度な運動、禁煙など)が推奨されます。中等度以上の上昇がある場合は、心臓超音波検査(心エコー)や心電図などの精密検査を受けて、心臓の構造や機能を詳しく調べることが重要です。
心臓超音波検査との組み合わせ
心不全マーカーとはあくまで補助的な検査であり、実際に心臓の動きが悪いかどうか、機能低下に陥っているかどうか、などの“確定診断”には、心臓超音波検査(心エコー)が必須です。心エコーでは心臓の壁の動き、弁の状態、血液の流れなどを視覚的に評価でき、心不全の原因や重症度も把握できます。
東京桜十字のクリニックでは、心臓超音波検査をオプション検査として提供しています。心不全マーカーの検査値が高値の方や、心疾患のリスクが高い方には、同時受診をおすすめしています。
心臓超音波検査のメリット
- 動いている心臓の構造と機能を視覚的にとらえられる
- 弁膜症や心筋症などの原因疾患を特定できる
- 痛みがなく、被曝のリスクもない非侵襲的な検査
注意点
- 検査時間は20〜30分程度かかる
- 技師や医師の技術によって精度が左右される
その他の有用なオプション検査
頸動脈エコー検査
頸動脈の動脈硬化の程度を評価する検査です。動脈硬化は心不全の原因となる虚血性心疾患のリスク因子であり、心不全マーカーと併せて測定することで、より包括的なリスク評価が可能になります。
メリット: 動脈硬化の早期発見、脳梗塞や心筋梗塞のリスクの評価も可能
注意点: 狭窄がある場合、詳しく評価するには頭部MRIなどの追加検査が必要な場合も
運動負荷心電図
運動中の心臓の反応を見る検査で、狭心症や不整脈の診断に有用です。安静時には異常が出ない潜在的な心疾患を発見できます。
メリット: 日常生活での心臓の状態を評価できる、虚血性心疾患の検出に有効
注意点: 一定の運動能力が必要、重症の心疾患がある場合は実施できない
心臓の問題は命に直結することが多く、絶対に軽視してはいけません。日本人では「がん」が原因別死亡のトップですが、全世界では圧倒的に心臓病であり、経済協力開発機構(OECD)加盟国のうち3分の2の国では心臓病がトップになのです。
一方、一口に心不全といっても、心臓には4つの部屋(右心房、右心室、左心房、左心室)があり、原因によって問題の中心が異なり、対応の仕方も変わってきます。日本人心不全患者の原因疾患として多いのは、①虚血性心疾患、②高血圧症、③心臓弁膜症の順です。日本人は欧米人に比べて虚血性心疾患の発生頻度は低いのですが、発症が急速で、例え一命を取り留めても継続診療が必要となる場合が多く、超高齢社会を反映してその割合は近年上昇傾向です。一方、高血圧性が原因の場合は、ポンプ機能が比較的保たれている心不全が多く、血圧を下げることが治療の基本となります。その他、心筋症、心筋炎、不整脈、先天性心疾患なども原因疾患となり、肺に問題がある人や抗がん剤などの薬剤使用者で心不全となる場合もあります。心配な方はBNPやNT-proBNPによるスクリーニング検査をぜひおすすめします。
―監修医師コメント
心不全マーカーとは?基準値を超えた場合に取るべき行動
精密検査を受ける
心不全マーカーの値が基準値を超えている場合、まずは医療機関を受診し、精密検査を受けることが最優先です。循環器内科を専門とするクリニックや病院では、胸部レントゲン、心電図、心エコーなどを用いて総合的に診断します。
早期発見により、薬物療法や生活指導によって症状の進行を抑えられるケースが多くありますが、放置することで心不全が進行すると入院治療が必要になることもあるため、早めの対応が肝心です。
生活習慣の見直し
心不全の予防や進行抑制には、日常生活の改善が不可欠です。以下のポイントを意識して見直しましょう。
減塩を心がける
塩分の過剰摂取は血圧を上昇させ、心臓に負担をかけます。1日の塩分摂取量は6g未満を目標としましょう。加工食品や外食には塩分が多く含まれるため、自炊を増やし、だしや香辛料で味付けを工夫するとよいでしょう。
適度な運動を取り入れる
ウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動は、心肺機能を高め、心不全の予防に効果的です。週に150分程度の運動を目安に、無理のない範囲で継続しましょう。ただし心不全が進行している場合は、運動制限が必要なこともあるため、主治医と相談してください。
禁煙と節酒
たばこに含まれるニコチンは血管を収縮させ血圧を上げます。また、たばこには多くの有害物質が含まれ、動脈硬化を進行させます。飲酒も過度になると心筋症のリスクを高めます。禁煙し、アルコールは適量(日本酒なら1合程度)に抑えましょう。
体重管理
肥満は心臓に余分な負担をかけます。BMI 25未満を目標に、バランスの取れた食事と運動で適正体重を維持しましょう。
定期的なフォローアップ
心不全マーカーとは、一度高値を示しその後改善した場合でも、定期的なチェックが重要になる検査値です。定期的なフォローアップにより、治療や生活改善の効果を確認し、必要に応じて治療方針を調整します。
心不全マーカーは、治療で改善しても定期的に数値をチェックすることが必要です。リスク要因までが除去されていない場合が多く、主治医の先生は治療や生活改善の効果を確認しながら、治療方針を調整する指標にしています。
通常は3〜6カ月ごとの測定が推奨されますが、症状や数値の程度によって間隔は変わります。かかりつけ医と相談し継続的にモニタリングしてもらって下さい。
検査を受けるのが不安?心理的ハードルを乗り越えるために
「異常が見つかったらどうしよう」という不安
「検査で何か悪いものが見つかったら怖い」という気持ちは、誰にでもあるものです。しかし実際には、早期に異常を発見することで適切な対処ができ、重症化を防げる可能性が高まります。
心不全は進行性の疾患ですが、初期段階で見つかれば、生活習慣の改善や薬物療法で症状をコントロールし、通常の生活を送り続けることが十分に可能です。「知らないまま放置する」方が、結果的に大きなリスクを伴います。
「忙しくて時間がない」という心理的障壁
仕事や家事に追われ、なかなか検査に行く時間が取れない方も多いでしょう。しかし心不全マーカーの検査方法は採血なので、採血自体は15分程度で終わります。
休日や夕方遅い時間帯に診療している医療機関も増えていますので、スケジュールに組み込みやすい日時を選んで受診してみてはいかがでしょうか。東京桜十字のクリニックでも、お忙しい方が受診しやすいよう、柔軟な予約体制を整えています。
費用面の心配
「検査にお金がかかるのでは」とためらわれる方もいらっしゃいます。しかし前述の通り心不全マーカーの費用は医師が必要と判断した場合は保険適用となり、自己負担額は数百円〜千円程度です。また人間ドックのオプション検査としても、比較的手頃な価格で受けられます。将来的な医療費を考えれば、予防的な検査は非常にコストパフォーマンスの高い投資と言えるでしょう。
現在の日本において、心不全は予見も予防もできる疾患です。生まれてから片時も休まずに1日に10万回も血液を全身に送り続けてくれている心臓。その1つしかない命の源に、まずは関心を持つことから始めましょう。日本人が発見したBNP検査やNT-proBNP検査をぜひ一度受けてみて下さい。
―監修医師コメント“
まとめ:心不全マーカーとは、心臓の健康を守るための投資
心不全マーカーは、心臓の負担を客観的に評価できる有用な検査です。BNPやNT-proBNPといった心不全マーカーの数値を知ることで、自覚症状がない段階でも心不全のリスクを早期に把握できます。
心不全マーカーが果たす役割は予防医療において非常に大きく、検査自体は簡単な採血で済み、時間も費用も大きな負担にはなりません。特に生活習慣病をお持ちの方や、家族歴のある方は、定期的な測定を検討してみてください。
もし基準値を超える結果が出たとしても、適切な精密検査と生活習慣の改善によって、症状の進行を抑えられる可能性は十分にあります。頸動脈超音波(エコー)やNT-proBNPなどのオプション検査を組み合わせることで、より詳細な評価も可能です。
あなたの心臓の健康を守るために、まずは一度、心不全マーカーの測定を受けてみませんか。東京桜十字のクリニックでは、循環器専門医による丁寧な診察と、充実したオプション検査をご用意しています。
今から考えられるステップ
- 健康診断で心不全マーカーのオプションを追加する
- すでに数値が高い場合は、循環器内科を受診する
- 生活習慣の見直しを今日から始める
あなたの心臓を守る第一歩を、今日から踏み出しましょう。
健康診断に関するお問い合わせ
東京桜十字グループでは、企業健診の個別受診や人間ドックを随時受け付けています。
詳しくは公式サイトをご覧ください。
関連リンク
参考文献
1)日本循環器学会・日本心不全学会合同ガイドライン「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」
監修医師:東海大学医学部健康管理学領域 主任教授/大学院医学研究科ライフケアセンターセンター長
日本総合健診医学会 理事長.国際健診学会(IHEPA)理事長
桜十字グループ 予防医療事業部 研究・教育・医療サービス開発担当 主管医師
西﨑 泰弘
執筆:メディカルトリビューン編集部